静物画と抽象画は風景画や人物画とは違って対象に関係なく、西洋でも東洋でも同じ土俵で対等に勝負することが出来る。増田信敏は日本から離れることなく静物画だけを描く画家である。オランダの静物画には描く対象が高価な器の組み合わせもあり豪華絢爛な絵もあるが、彼の絵は禅寺でのおつとめ前のような器に入った水の絵や、茶室の一隅にありそうな情景もあり、渋味の利いた静謐な絵である。

作家のトレヴェニアンは渋味についてこう書いている。
「シブミという言葉は、ごくありふれた外見の裏にひそむきわめて洗練されたものを示している。この上なく的確であるが故に目立つ必要がなく、激しく心に迫るが故に美しくある必要はなく、あくまで真実であるが故に現実のものである必要がないことなのだ。シブミの精神が〈寂(さび)〉の形をとる芸術においては、風雅な素朴さ、明確、整然とした簡潔さをいう。」

増田信敏の静物画が風雅な素朴さ、明確、整然とした簡潔さを持っているのは、栄光や名誉、富を求めることなく、生涯一静物画家であろうとしているからだ。

私は絵の基本はデッサンであり、色彩は補助だと思っております。色彩を基本に描く画家もいるし、それはその画家の行き方であり、見る側も色彩が好きな人もおり、それぞれ好みの問題である。

増田信敏はデッサン力で直球勝負をする画家である。
基本のデッサンがしっかりしているから、彼の絵と暮らしても飽きが来ることはなく、見る人の心の持ち方によって毎日新しい発見ができるであろう。


no-109.TIF冬の水景色
20M/W72.7×H50.5cm

NO-54.TIF玉子のある静物
12P/W60.6×H45.5cm